藤原医師によると、「前歯で咀嚼するのは乳児。成長するにつれて奥歯で噛み、飲み込むようになります。奥歯で噛むことで喉の形が変わり、食べ物の通り道が広がり、空気の通り道が狭くなります」。何気ない会話がきっかけで、2016年から奥歯で噛むマウスピースの開発に着手することになりました。
藤原医師は、2014年の鳥取大学の医療機器開発人材育成共学講座(様々な企業と鳥取大学が医療機器開発に向けて共学する場)で面識のあった工業ゴム製品の製造・販売を手掛けるイナバゴム㈱の西氏に打診。藤原医師が作成した奥歯で噛むプロトタイプのマウスピースをはじめ、同マウスピース使用前後のレントゲン写真や、喉奥の実写などを使って熱心に説明し、西氏に奥歯で噛むマウスピースの製作協力を要請しました。これを受けて西氏は、今まで取り扱ってこなかった医療機器分野へ参入するきっかけになると直感し、チャレンジすることを決断。会社から本プロジェクト参画の承諾を取り付けました。
2015年12月、「とっとり発医療機器開発支援事業」の審査会で、藤原医師と西氏がマウスピースの商品化をプレゼンし、2016年3月に採択され、本格的に開発をスタートしました。最初の約3ヶ月間は毎月複数回の試作品を製造し、補助事業期間が満了する2017年2月に試作金型を作製。開発と並行して2017年1月に医療機器販売に必要な医療機器製造業、製造販売業の登録証、同年8月にISO13485認証を取得し、2018年11月に販売を開始しました。
開発から販売に至るまでには4つの「壁」がありました。
第一の「壁」は、耳鼻科の医師が消化器内科の領域である胃カメラのマウスピースを開発する点です。通常、専門分野を越境した医療機器開発は稀です。鳥取大学の全診療科が連携する医工連携プロジェクトであったからこそ「扉」に変えることが出来たといえます。
第二の「壁」は、人によって異なる歯型の形状や顎の大きさ、噛んだ時の使用感等の平準化です。
第三の「壁」は、胃カメラのチューブを通りやすくするために、筒の部分の材質を噛む部分の材質よりも硬くする必要があり、技術もさることながら製造コストへの影響でした。実際、形状や硬さなどを変えて10回以上の試作を行いました。
第四の「壁」は、医療機器販売のライセンス取得です。補助事業期間の1年以内にマウスピースの製造販売に必要なライセンスを取得しなければならないことでした。
藤原医師や植木医師、イナバゴム㈱ 西氏たちは、製品化までに立ちはだかった「壁」を互いに協力しながら、熱意と信頼関係で「扉」に変えてきました。
2018年11月に販売がスタートすると、ネットやテレビのニュース報道、著名人のSNSなどで話題が拡がり、全国から問合せが殺到しました。
しかしながら、ここにも医療機器販売特有の第五の「壁」がありました。
胃カメラのような検査診療の検査費用にはマウスピースの費用が含まれます。従来品よりもコストが高い「Gaglessマウスピース」は病院の負担となるため、製品の良さが伝わったとしても採用に至らないケースも多いのが現状です。
また、大学病院などでは一度購入すると、それを丁寧に洗浄してリユースしています。すでに、マウスピースは大手の医療機器メーカーが市場の7割を占有しており、従来品と替えてまで採用に至りません。さらに、海外販路に関しても、鳥取大学のネットワークを通じて海外の中堅~大手の医療機器販売会社と商談には至りましたが、価格面での乖離が大きく、積極的に海外営業へ取り組んでおりません。こうした様々な医療機器販売の「壁」までを想定できていませんでした。
藤原医師や植木医師、『新規医療研究推進センター』の古賀氏をはじめとするプロジェクトメンバーは、現在、鳥取大学や個人のネットワークを活用しながら販売の「壁」を「扉」に変える努力を続けています。